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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)7818号 判決 1973年5月30日

原告 藤田義雄

被告 国

訴訟代理人 伊藤瑩子 外一名

主文

1  被告は原告に対し、金一八〇万円およびこれに対する昭和四二年二月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金六〇〇万円およびこれに対する昭和四二年二月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (原告の本件土地買受の事実)

原告は、昭和四二年二月四日、別紙図面の赤線で囲まれた部分の土地(以下本件土地という)が埼玉県大宮市桜木町二丁目二二九番の一、雑種地三〇八平方メートル(以下単に二二九番の一という)に当るとして訴外三富実から代金六〇〇万円で買い受け、同日右代金を支払い同月六日浦和地方法務局大宮出張所(以下大宮登記所という)受付第二四五八号をもつてその旨の所有権移転登記を経由した。

2  (原告の公図閲覧確認の事実)

これよりさき、原告は、本件土地を買い受けるに際し、大宮登記所備付の本件土地附近に関するいわゆる公図(以下本件公図という)を閲覧し、本件土地が二二九番の一である旨を確認したうえ、前記売買契約を締結したものである。

3  (原告が本件土地の所有権を取得できなかつた事実)

ところが、本件土地は実は二二九番の一ではなく、大宮市桜木町二丁目二三六番の三、宅地二九〇・九〇平方メートル(八八坪)(以下単に二三六番の三という)であり、訴外三富は本件土地の所有者ではなかつたため、原告は本件土地の所有権を取得することができなかつた。

4  (大宮登記所登記官の過失)

(一) (本件公図に虚偽の記載がなされた経緯)

本件公図に虚偽の記載がなされた経緯は次のとおりであることが後日判明した。すなわち、

(1) 本件土地のもと所有者であつた訴外新井専吉は、昭和三一年四月三日株式会社大宮丸大青果市場から大宮市大字大宮字鐘塚八二八番地四宅地二六四坪を買い受けたが、同年一一月一日右土地は名称地番変更により同市桜木町二丁目二三六番となつた。(2) 右訴外新井専吉は、昭和三二年四月二三日右土地を西方から東方にかけて順次二三六番の一(八八坪)、同番の二(八八坪)、同番の三(八八坪)に分筆し、その旨の表示変更登記を経由した。(3) ところが、大宮登記所備付の本件公図には、右三筆の土地の東西の順序が逆に記載されたので、同訴外人が昭和四一年三月三一日公図の訂正申請をなした結果、同登記所登記官が、同年四月二〇日本件公図に黒インクのペン書きで記載されていた「ノ一」の個所の上に同じく黒インクのペン書きで縦に二本の直線を引いてこれを抹消し、その横上に新たに「ノ三」と記載した。(4) その後、何者かが本件公図の閲覧の際に、ひそかに右の「ノ三」の個所に、黒色の鉛筆で「二二九ノ一」と記入し、本件公図を改ざんした。

(二) (原告閲覧時の本件公図の状況)

原告が前記のように本件土地買受前に本件公図を閲覧した際には、本件公図上、本件土地にあたる部分の区画は「二二九ノ一」である旨表示されていた。

(三) (登記官の過失)

不動産登記法施行細則第三七条にてらし、公図の閲覧は登記官の面前においてこれをさせなければならず、又、万一公図に虚偽の記載がなされた場合には、直ちにこれを発見し訂正の措置をとるべき注意義務があるのに大宮登記所登記官はこれらの注意義務を怠り、本件公図上に前記の如き虚偽の記載が現出するのを防止せずかつ、右虚偽の記載がなされたままに本件公図を放置しておいた。

5  (損害)

(一) (損害の発生)

原告は、前記の如く、本件公図の虚偽の記載により本件土地を二二九番の一と誤信し、二二九番の一の所有者である訴外三富から本件土地を買受け代金六〇〇万円を同人に支払つたが、真実は本件土地は二二九番の一ではなく二三六番の三であり、該土地は三富の所有に属しなかつたため、原告は本件土地の所有権を取得し得なかつたのであるから、原告は右代金同額の損害を被つたというべきである。

(二) (因果関係)

もし、大宮登記所登記官に前記の如き過失がなければ本件公図には前記の如き虚偽の記載はなされなかつたはずであり、右記載がなければ原告は二二九番の一の所有者にすぎなかつた訴外三富から本件土地を買受けなかつたであろうことは明白であるから、大宮登記所登記官の前記過失と原告の受けた損害との間には相当因果関係がある。

6  (結論)

以上の如く、原告は、国の公権力の行使にあたる公務員の過失にもとずく違法な行為により前記損害を被つたものであるから、国家賠償法第一条により、被告に対し、金六〇〇万円およびこれに対する前記代金支出による損害発生の日の翌日である昭和四二年二月五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告主張の日時に同主張の登記がなされたことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2、3の事実はいずれも知らない。

3  同4の事実中(一)の事実は認めるが、(二)、(三)の事実は争う。

4  同5、6の事実はいずれも争う。

三  被告の主張

1  (損害のないこと)

原告と訴外三富との前記売買契約においては、原告は訴外三富から本件土地を売買の目的物として現地において指示特定したうえ買受けたものであるから、本件土地の表示が真実は二二九番の一ではなく、二三六番の三であつたとしても、現地で指示された本件土地につき売買が成立したことには何ら変りがない。従つて、本件土地が訴外三富の所有に属せず、第三者の所有するものであつたとしても、民法第五六〇条の他人の物の売買として原告、訴外三富間では売買が有効に成立しており、買主たる原告は、売主たる訴外三富に対し、目的物の所有権を取得して原告に移転することを請求し(民法第五六〇条)、それが不可能の場合は売主の担保責任を追及することができるから(民法第五六一条本文)、原告にはいまだ損害が発生したものということはできないのであつて、原告が訴外三富に対して右権利を行使するも同人が履行せず、かつ損害賠償をも得ることができなかつた場合に、はじめて損害が現実に発生したといい得るに過ぎない。

2  (因果関係のないこと)

(一) (登記所備付の公図の沿革と性格)

大宮登記所備付の本件公図は、旧土地台帳法施行細則第二条第一項の規定に基づいて登記所が保管している旧土地台帳法所定の土地台帳附属地図であつて、不動産登記法第一七条所定の地図(以下一七条地図という)とはその性格を異にするものである。

すなわち、一七条地図は、一筆又は数筆の土地毎にこれを作成するものとされており、登記簿の記載と相俟つて、各筆の土地の位置および筆界を現地について示すことが可能な精度の高い地図であるのに対し、公図は明治二〇年六月二〇日大蔵大臣内訓により、従前地券交付にあたつて作成された地引絵図、地租改正に伴い作成された字限地目を基本として作成された更生地図をもととして、その後の土地の変動に伴い修正されてきたもので、税務署から登記所に土地台帳が移管された昭和二五年七月三一日以前は税務署に保管され、租税徴収を主たる目的としていたという沿革的な理由から、現実には各筆の土地の位置、形状等の概略を推定できるだけの不完全な見取図的な図面であるにすぎない。

(二) (原告の重過失)

右の如く、公図が著しく不完全なものであることは社会通念上明らかであるから、一七条地図が整備されていない現在においては、土地の取引をなすに当つては、登記簿に表示されている所有権登記名義人については勿論、その前所有権登記名義人、当該土地周辺の土地所有者に及ぶ調査をなすことが必要とされるのであつて、調査の手掛りとして公図を参考としたとしても、さらに、現地において土地を確認する等の調査をしたうえで取引するのが不動産取引上の常識である。

本件において、原告は、取引にあたつて右のような調査をなさず、単に公図を閲覧したのみで売主の言をそのまま信じて取引をなしたものであるから、原告は、不動産取引上要請される買主の調査義務をつくさなかつたものであり、さらに、本件公図は、本件土地にあたる部分の区画の地番が鉛筆で書き加えられており、他の部分の地番の記載と明らかに相違していたのであるから、右記載が異常なものであることは容易に察知しうべきであつたのに、原告は何ら疑念を抱かず、その真偽について登記官に確認を求め、あるいは本件公図と同一の大宮市役所保管の地図と対比して調査するなどの措置をとらなかつたものであるから、以上の点において原告には本件土地取引について重大な過失があつたのであり、従つて、本件損害はもつぱら原告の重大な過失に起因するものであつて、登記官に過失があるとしてもそれと原告の損害との間には相当因果関係は存在しないものというべきである。

3  (過失相殺)

仮に、被告に損害賠償責任があるとしても、原告にも、右2(二)に記載した過失があるから、損害賠償額算定にあたり、これを斟酌すべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  原告の本件土地買受の経緯

1  請求原因1の事実(原告の本件土地買受の事実)中、原告主張の日時に同主張の登記がなされたことは当事者間に争いがない。

2  いずれも成立に争いのない甲第一号証、第四号証、第六ないし第八号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる同第五号証および原告本人尋問の結果ならびに当裁判所の検証の結果を総合すれば、昭和四二年二月二日訴外三富実の代理人である訴外三田地不動産こと三田地孝純から原告に対し、本件土地の購入方の申入れがあつたこと、その際同人は本件土地が訴外三富の所有に属することを証する書面として二二九番の一の登記済証を原告に呈示したので、原告は以後本件土地の表示が二二九番の一であるものとして売買の交渉をしたこと、翌三日に原告は右三田地の案内で本件土地に赴き、同人から現地で、売買の目的物件として本件土地を指示され、本件土地の境界は北側が公道、南側が下水溝であり、東側がコンクリート土台跡、西側がブロツク塀である旨、ならびに本件土地の面積は約一〇〇坪である旨の説明を受けたこと、翌四日、原告は大宮登記所で、前記三田地および訴外三富実本人と落ち合い、登記簿謄本により二二九番の一の土地が訴外三富の所有である旨を確認する一方、同登記所備付の本件公図を閲覧したこと、ところが本件公図における本件土地該当部分の区画上には、黒鉛筆書きによる「二二九ノ一」の記載があり、右「九」の字は墨書された「ノ三」の字と重なり合い、また右「ノ一」の右欄には縦二本の墨書きで抹消された墨書による「ノ一」の跡が存し、全体として一見右区画が二二九番の一であるかのように受け取られる表示となつていたため、同区画の真実の表示は「(二三六)ノ三」であるにもかかわらず、これを二二九番の一と誤認し、同所において訴外三富本人から本件土地を代金六〇〇万円で買い受けることとし、同日右代金を同人に支払つたこと、しかし、本件土地は真実は二二九番の一ではなく、二三六番の三であり、訴外有限会社岩城屋が本件土地につき所有権を主張するので、原告は右訴外会社を被告として浦和地方裁判所に土地所有権確認の訴(同庁昭和四二年(ワ)第五八五号)を提起したが、第一審において原告敗訴の判決がなされ、結局原告は本件土地の所有権を取得することができなかつたこと、以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二  登記官の過失の有無

1  (登記所備付の公図の沿革と性格)

成立に争いのない乙第一三号証の二および証人鈴木健一の証言によれば、登記所備付の公図の沿革は次のとおり、であることが認められる。

すなわち、明治初年地券交付が行われた際に、地引絵図が作成され、その後明治六年の地租改正に伴い、政府の命により統一的な基準に基づいて野取絵図(改租図)が作成されたが、右地図は現況と相違するものが少くなかつたため、明治二〇年六月二日大蔵大臣内訓第三八九〇号により町村地図調整式及更正手続が定められ、これに基づき更正図(地押調査図)が作成された。その後昭和二二年三月二二日土地台帳規則の制定に伴い、右更正図は土地台帳附属地図となり、以後一般に公図と呼ばれるようになり、同年六月二〇日大蔵省訓令第四四号に基づき右土地台帳附属地図は、以後土地台帳とともに、現在の税務署にあたる国の機関である収税部出張所に保管されることになつた。その後、昭和二五年七月三一日法律第二二七号により土地家屋台帳に関する事務が税務署から登記所に移管されたため、右附属地図も登記所に移管され、現在その正本を登記所が副本を地元役場が保管しているが、昭和三五年三月三一日法律第一四号による不動産登記法の改正により登記簿と台帳の一元化が計られ、新たに同法第一七条として登記所に地図を備える旨が規定された。

以上の沿革に徴すれば、公図は、旧土地台帳法施行細則第二条所定の地図であつて、不動産登記法第一七条所定の地図には該当しないものというべきである。

2  (現実の不動産取引における公図の機能と登記官の注意義務)

ところで、いずれも成立に争いのない乙第六号証の三、第七号証、第八号証の二、前出乙第一三号証の二に証人鈴木健一の証言および原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、前記昭和二五年に台帳事務が税務署から登記所に移管された後は、昭和二五年七月三一日民事甲第二一一一号民事局長通達ほかの通達に基づき、登記所において閲覧人の請求により土地台帳とともに公図を閲覧させる取扱がなされ、前記昭和三五年の不動産登記法改正後も一七条地図が整備されるまでの間はなお従前どおり公図を閲覧に供する取扱がなされていること、登記所でも土地の分筆登記をした際には公図上に分筆線を記入していること、前記台帳事務の登記所への移管により、公図は、それまでの租税徴収を目的とした課税台帳的な性格を失い、各筆の土地の位置および筆界を明らかにするための地積図的なものに性格が変つたこと、公図は当初租税徴収を目的として作成されたという沿革的理由から必ずしも精度の高い図面ではないが、単なる私人が作成したものではなく、国家が関与して作成したものであり、かつ、前記のように不動産に関する権利関係を公示する官署である登記所において閲覧の用に供されていることから、各筆の土地の位置、形状、境界線、面積等の概略を明らかにするための一応の権威ある資料として現実の不動産取引に際して広く利用されていること、一七条地図は、不動産登記事務取扱手続準則(昭和四六年三月一五日民事甲第五五七号法務省民事局長通達)によりその作成方法につき厳格な要件が定められ、その地図としての正確性が期待され得る図面であるが、現在のところ、いまだ東京ほか少数の地域でモデル作業が行われている段階にとどまり、全国的に整備されておらず、昭和四七年四月一日現在における全国の登記所保管地図総枚数のうち、一七条地図の占める割合はわずか二、〇八パーセントに過ぎず、浦和地方法務局管内登記所には一七条地図は全く備えられていないこと、以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、公図は、その精度において必ずしも十分とはいえないとしても、一七条地図の整備が完了するまでの間は、各筆の土地の位置、形状、境界線、面積等の概略を明らかにするための公的な資料として、現実の不動産取引においても、又、分筆等の登記手続においても、一七条地図に代る重要な機能を営んでいるものと認められるから、その取扱にあたつては、一七条地図に準じた慎重な配慮が要請されるものというべきである。ところで右公図を閲覧させる事務は不動産登記という公証事務に密接な関連を持つ国の事務であり、従つてこの事務を管掌する登記官は国の公権力の行使に当る公務員に該当すると解するのが相当である。そして不動産登記法施行細則第三七条が一七条地図について閲覧は登記官の面前でさせなければならないと定めていることを考えあわせると、登記官は、公図を申請人に閲覧させるに際しては、その面前でさせるなどの方法により申請人の閲覧状況を十分に監視するとともに、閲覧の前後には公図の記載を点検確認するなどして、閲覧人による改ざんを防止するとともに、万一改ざんがなされた場合には速かにこれを発見して訂正する等の措置をとり、もつて公図に虚偽の事項が公示されることを未然に防止すべき注意義務があるものというべきである(当時施行中の昭和三八年四月一五日法務省民事局長通達民事甲第九三一号不動産登記事務取扱手続準則第一九二条参照)。

これを本件について見るに前記乙第八号証の二、前記鈴木証言および当裁判所の検証の結果によれば、大宮登記所においては、公図の閲覧は、事務室のカウンター内部に置かれた四脚の机の上で行われており、二名の担当係官が一日四〇ないし五〇件の公図閲覧事務を処理していたが、右二名の職員は、他に一日八五〇ないし八六〇件もの謄本、抄本、証明、閲覧の各事務を処理する傍ら、公図閲覧の事務を行つていたため多忙で常時閲覧者の動静に注意を向けるだけの余裕がなく、又、閲覧前後の公図の点検確認は全く行つていないなど十分な閲覧監視態勢がとられていなかつたこと、登記所においては公図の修正には墨又は朱を用いるものであるところ、本件公図の改ざんは黒鉛筆書きでなされたものであつたから、担当係官とすれば、公図を一見すればその発見は極めて容易であつたことが認められ、右事実に当事者間に争いのない請求原因4(一)の事実(本件公図に虚偽の記載がなされた経緯)を総合すれば、大宮登記所登記官には、前記注意義務を怠つた過失があるものといわざるを得ない。

もつとも、前記乙第八号証の二および前掲鈴木証言によれば、登記所においては、原告が本件公図を閲覧した当時、前記事務処理量に見合うだけの人員の配置がなされておらず、十分な閲覧監視態勢をとるだけの人的な余裕がなかつたことが認められるが、いやしくも国が行政施策の一環として不動産取引上重要な機能を営む公図の閲覧を認めている以上、担当職員の不足をもつて、前記過失を否定する根拠となし得ないことはいうを俟たない。

三  損害

1  前記一2で認定した事実によれば、原告は本件公図の虚偽の記載により、本件土地が訴外三富の所有に属するものと誤信して代金六〇〇万円を同人に支払つたものであるが、同人が本件土地の真実の所有権者でなかつたことにより原告は結局において右所有権を取得しえなかつたのであるから、他に特段の事情の認められない限り、右代金として支出した金六〇〇万円は原告の被つた損害というべきである。被告は、本件土地が訴外三富の所有に属しないものであつても、他人の物の売買として当事者間では有効に売買が成立しており、原告は同人に対して所有権の移転を請求し(民法第五六〇条)、又は担保責任を追及することができる(民法第五六一条本文)から、原告にはいまだ損害が発生していないと主張するが、国家賠償法に基づく損害賠償請求権と他人の物の売買における買主の権利とは法律上別個の原因に基づくもので、そのいずれを行使するかは債権者の自由であり、しかも本件において、後者の権利行使のなされたことを認めるに足りる証拠は存しないから(原告本人尋問の結果によれば、売主である訴外三富は目下行方不明であることが認められるから、同人に対する権利行使が奏功する公算は極めて乏しいものといわざるを得ない。)原告の被告に対する国家賠償法に基づく損害賠償請求権の行使を妨げられるべき理由はなく、被告の右主張は採用のかぎりでない。

2  (因果関係)

前記の如く、原告が訴外三富から本件土地を買い受けたのは本件公図の記載を真実と誤信したためであるから、大宮登記所登記官の前記過失がなければ、原告が訴外三富から本件土地を買い受け六〇〇万円を支出することのなかつたであろうことは明らかであり、かつ公図上ある土地につき虚偽の地番が表示されれば、右記載を信頼した者が、本件の如く土地の所有権者を誤認し、不測の損害を被るということは一般に起りうることであるから、原告の前記損害と同登記所登記官の過失との間には相当因果関係が認められるものというべく、従つて被告は原告に対し右過失により原告の被つた損害を賠償すべき義務を免れ得ない。

被告は、原告の前記損害は、もつぱら原告の重過失に起因するもので、大宮登記所登記官の過失と本件損害との間には相当因果関係はないと主張するが、前認定のように右登記官の過失が本件損害発生の因をなしているとすべき以上、原告に過失があつたとしても、それを過失相殺として斟酌すべきは格別、相当因果関係を否定する理由となし得ないことは明らかである。

よつて、被告の右主張は失当である。

四  過失相殺

被告は過失相殺を主張するのでこの点につき判断するに、前記甲第四号証、成立に争いのない乙第一号証、原告本人尋問の結果および当裁判所の検証の結果によれば、原告は訴外三富と本件土地の売買契約を締結するにあたり、登記済証、登記簿謄本、および本件公図を調査し、訴外三富の代理人である前記訴外三田地から現地で本件土地の境界および面積について簡単な説明を聞いただけで本件土地が二二九番の一であり訴外三富の所有に属するものであると即断し、訴外三富が二二九番の一を取得したのは前年末で、その登記は本件売買の話が持ち込まれた僅か一週間前にすぎない等疑点が存するにもかかわらず、本件土地に関する分割の経緯、所有権移転の経過、面積、境界線、周辺土地所有者との紛争の有無、他に本件土地につき所有権を主張する者があるかどうか等の諸点について周辺の土地所有者や前所有者等にあたつて確認をしなかつたばかりか、売主である訴外三富本人には、売買契約の際に大宮登記所で初めて出会つたもので同人自身に対しては現地における指示説明は勿論、本件土地の入手経路や前記諸点について格別質問をするなどの配意をしないまま、購入方の申入れを受けた後僅か二日を経て契約を締結するなど取引に際しての調査が極めて杜撰粗略であつたことが認められ、加えて、前記一2に判示の事実によれば、本件公図上における本件土地該当部分の地番の記載は、文字の重復記載や抹消により不明瞭になつており、かつ「二二九ノ一」の記載は、他の記載と異り鉛筆書きであつたというのであるから、少しく注意して検討すればその記載に不審な点があることは容易に看取しうるはずであつたにもかかわらず、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、右記載の意味やなされた経過等について大宮登記所担当係官に対し質問や確認の措置をとらなかつたばかりか、本件公図の副本保管先である大宮市役所において調査、確認をするなどの挙に出てなかつたこと(証人大賀正三は、不動産取引業者である同人が取引するに当つては、変更等の記載をより迅速に現わす市役所備付の公図を登記所備付の公図より優先的に利用する旨証言しており、又、検証の結果によれば、大宮市役所備付の公図上本件土地該当部分の区画は明瞭に「二三六ノ三」と表示されていることが認められる)が認められ、右認定に反する証拠はない。

これらの事実によれば、原告は不動産取引にあたる者として通常払うべき注意を著しく欠いたものといわざるを得ず、原告の右の過失を斟酌すれば、被告に負わすべき賠償額は原告の被つた損害の三割にとどめるのが相当である。

五  結論

以上の次第で、被告は国家賠償法第一条により原告の被つた損害を賠償すべき義務があるところ、原告の被つた損害額は前認定のとおり六〇〇万円であるから、これを前記割合で過失相殺すると被告が原告に賠償すべき額は一八〇万円となるので、原告の本訴請求は、被告に対し金一八〇万円および右損害発生の日の翌日である昭和四二年二月五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度では正当としてこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条本文を適用し、仮執行の宣言を付するのは相当でないから、その申立を却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木潔 荒川昂 柳田幸三)

別紙 図面<省略>

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